2021.06.02
環境講座寒川の生物を知ろう5月30日日開催終了しました
環境講座寒川の生物を知ろう5月30日日開催終了しました
ブルースハープライブセッション5月29日土開催終了しました
歴史講座浮世絵師歌川国芳きたいな名医難病療治の描く大奥5月23日日開催終了しました
今春の歴史講座は、東洋大学の岩下先生に幕末江戸城の大奥に
ついてご教授いただきます。
今回は幕末、江戸城の大奥について歴代の正室の出自、構造、職制
を学び、浮世絵師、歌川国芳の錦絵きたいな名医難病療治を
通して、当時の江戸庶民が見た大奥の実相について語っていただき
ました。
大奥の役割としては、1.奥向きの家政、2.年中行事の執行、3.継嗣
選定ですが、奥だけでなく、表の政治にも大きく関与していたことが、
大奥老女 姉小路局の政界地図や関係図で明らかにしていただきまし
た。
また、奥女中で城に上がるのは、その家にとっては名誉な事とさ
れていましたが、奥医師の桂川甫周の娘、今泉ミネの「なごりの夢」
の中では、奥女中となった叔母てやが御殿勤めは辛いとこぼしていた
り、普段、居住している長局が火事になっても火事装束に着替えない
と外に出られない、等、華やかな中でも不自由な生活をしていた事が
理解できました。
次回6月13日は、13代、14代の将軍正室、天璋院篤姫と和宮
の江戸無血開城の歴史的役割とその後の人生について先生に講演して
いただきます。
初心者ウクレレ講座4月4日日他計3回終了しました
自分史講座気軽に文章を書いてみよう4月3日土他計4回開催 終了しました
ふれあいコンサート3月28日日開催終了しました
コロナの緊急事態宣言が3月21日にあけ、何とか開催の
運びとなった今回のふれあいコンサートです。
2年ぶりのこのコンサートを待ちわびていた沢山の方々が
鑑賞に来られました。
コロナ禍の中、今年は皆さんとの合唱は中止となりました
が、羽賀ゆかりさんのピアノ独奏ではショパンの夜想曲
ノクターン作品9の2、トロイメライといった春に相応しい
いくつかの名曲を見事に弾いていただきました。また、曲の
合間にはクイズや楽しいトークでみなさんを飽きさせない
工夫も見られました。
また、柴山晴美さんは浜千鳥や宵待草といった皆さんが
ご存知の歌からオペラルサルカよりアリア月に寄せる歌
などを澄み切ったソプラノで格調高く披露していただき
ました。コンサート後のアンケートでも良かった、
来年も開催してほしいとのたくさんの声が寄せられました。
コロナ禍の中で気鬱な日々を送られて方も多かったと思います
が、今日は皆さんには音楽で楽しいひとときを送ることが出来
たのではないかと思います。
火山噴火と災害南関東での噴火災害に備えて12月6日日開催終了しました
産業技術総合研究所産総研地質調査総合センター、活断層・火山研究部門長の伊藤順一先生をお招きし
火山噴火と災害南関東での噴火災害に備えてと題して講演していただきました。配布資料もスライドで使用するPowerPoint、レジュメなど沢山の関係資料を準備され、とても分かり易い講座となりました。
講座前半は日本各地の火山噴火の特徴と火山災害の詳細岩屑なだれ、噴石、火砕流などを解説していただき、スライドと動画を用いて専門的な噴火災害について詳細に解説していただきました。
後半は、寒川を含む南関東地域における噴火と災害に絞った話でこの地域に影響を与える活火山として箱根山、富士山を挙げられ、地質、火山形成史、噴火の過去、現在を詳細にお話をされました。
最後に南海トラフ地震と連動して将来、噴火の可能性がある富士山について、江戸時代の宝永噴火を参考に降灰の影響を詳細に語っていただきました。寒川近辺では噴火後、約2時間後に灰が到着し、灰は、15センチほど積もるとのことです。降灰の影響は、健康面だけでなく、交通、通信インフラや上水道の浄化設備、等ライフラインにも大きな影響を及ぼすことが分かりました。今回の講座を通して、改めて火山噴火の怖さと火山災害から身を守ることの大切さを学びました。
さむかわ名画座2020原節子生誕100年企画秋日和11月28日土開催終了しました
ママとベビーのふれあい体操11月20日金30日月開催終了しました
歴史講座承久の乱11月22日日開催終了しました
多賀譲治先生に鎌倉時代初期に勃発した承久の乱1221年に
ついて講演していただきました。多賀先生は歴史考古学の研究
者として文献だけでなく、発掘など現地、現物を通して鎌倉時
代の歴史を中心に研究されています。
今回の承久の乱は、源実朝暗殺後の幕府内紛に乗じて挙兵した
後鳥羽上皇と幕府軍の争いで、北条執権体制の確立、ひいては
江戸期まで続く本格武家政権の魁となったものです。
これまで朝廷、寺社の基盤となった寄進荘園の管理徴税、荷役など
は地頭に任されていましたが、こうした地頭が新たに幕府
と主従関係を結び、武装化し、地主である朝廷や寺社に逆らい、
独立しようとしました。こうした事態に後鳥羽上皇は不満を募らせ、
1700人で挙兵したものの幕府軍20万人に為す術もなく1日で敗退し、
後鳥羽上皇は隠岐に流されました。
この勝敗の決め手になったのは、情報把握のスピードと北条義時
、北条政子ら武家側の果敢な行動であり、朝廷等の既得権益層と
新興勢力である武家との権力移行過程やこの乱の歴史的意義が
よく理解できたと参加者から高い評価を得られました。